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ポー君って知ってる?ポー君の豆日記みてね!  ★320〜347★

みんなで踊ろうよ

ワンコのポー君のポルトガル豆日記だよ

ポー君  ワンコのポー君は、ポルトガルへ8回も旅をしているんだよ。・・・すごいなあ・・・
 ポー君は、ポルトガルのいろいろなところを見てきたよ。・・・すごいなあ・・・
 ポー君は、旅の守り神なんだよ。エッヘン ・・・ほんとかな??・・・飛べないけどね・・・
 どんどん追加するよ

クレームブリュレとポー君
Porto

 ☆☆クレームブリュレとポー君☆☆

ポルトのレストランのデザートでクレームブリュレをごちそうになったよ。
カラメルプリン、プディング・フランともいうよ。
カスタードの上面は、砂糖をグリルやバーナーで焦がしているんだよ。
クレームブリュレのカスタードはクリームと卵黄から作られているんだって。
普通のカスタードプディングよりもねっとりと柔らかいんだよ。
濃厚な味わいに仕上がるのは、おいしいよ。
いつもの安いプリンとは、ひとあじ違うなあ。
自分じゃ、食べれないぞ。とても、贅沢だなあ・・・
食べ過ぎはデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2018/05

ナザレのベンチとポー君
Nazare

 ☆ナザレのベンチとポー君☆

リスボンのセッテ・リオスバスターミナルからバスで1時間50分ほど、
大西洋に面した漁師町のナザレに到着する。

ナザレの名は、8世紀に西ゴート王ロドリゴがロマノという僧を供にこの地までやってきたとき、 彼が携えていたマリア像がはるかイスラエルのナザレのものだったことに由来する。
独特な風習と服装で知られ、また夏にはポルトガル国内はもとより ヨーロッパ中から訪れるバカンス客で砂浜は埋め尽くされる。

白砂が続く海岸とその周辺に広がるブライヤ地区が町の中心である。
ソウザ・オウヴェイラ広場周辺にはカルデイラーダ(ナザレ風魚の煮込み)を はじめ魚介料理を楽しめるレストランや集まっている。
刺繍入りエプロンなどを扱う店も集まっている。
高台のシティオ地区へは、ケーブルカーを利用する。

メモリア礼拝堂の言い伝えがある。
城主が、霧のかかった夜、鹿の狩りをしていて、馬が崖下に落ちそうになったところを聖母マリアが現れて奇跡的に助かったという。
そのお礼に、展望台の上に小さな礼拝堂を建てたといわれている。

ポー君も崖から落ちそうになったら、聖母マリアに助けられるかなあ。
ポー君は、飛べるから大丈夫なんでしょ?
練習しているところ見たことないねえ。
それは・・・ 重くて、飛べないんだよねえ。
じゃあ、だめじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2018/05

 どんどん追加するよ

ソラマメとポー君
Azaruja

 ☆☆ソラマメとポー君☆☆

アザルージャの友人宅の近くの農園でソラマメの収穫をした。
ソラマメは、高さ50cmほどの植物の実である。
花期は3〜4月で直径3cmほどの薄い紫の花弁に黒色の
斑紋のある白い花を咲かせる。
収穫は5月頃からである。
すでに収穫した後だったので、採り残ししか残っていなかった。
でも、焼きソラマメにして、いっぱい食べたよ。
日本のソラマメはとても高いものね。
食べ過ぎはデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2018/04

コルクの木とポー君
Azaruja

 ☆コルクの木とポー君☆

リスボンのセッテ・リオスバスターミナルからバスで1時間半ほど、
アレンテージョ地方の中心地であるエヴォラに到着する。

アレンテージョ地方は、コルクガシの木からとれるコルクの生産量が多いところである。
コルクは『コルクガシの木の皮』を砕いたものである。
コルクは断熱性・保温性・吸湿性・吸音性に大変優れている。
その性質を利用して、古くは2000年以上前のギリシャ時代より樽などの保存容器として使用されていた。

コルクガシは大変生命力の強い木で、大切に管理すると寿命はおよそ150〜200年にも及ぶと言われている。
皮を剥がれても9年で再生し、木を伐採することなく何回も皮をはぐことができるので、非常にエコロジカルである。

世界でもっとも良質のコルクが育つ肥えた土地はポルトガルや地中海沿岸の各国である。
世界で55%以上もの良質のコルクを生産しているのはポルトガルである。
最近では中国でもコルクが大量に生産されるようになったが、痩せた土地で無理やり生産された為に、 年輪が薄く硬く、コルク本来のクッション性が損なわれているものが多い。

知らなかったな。コルクって木の皮だったんだね〜〜〜
何回でも再生できるなんて、すごいコルクガシなんだね。
ポー君も何回でも再生できると永遠に生きられるのかな。
でも、皮を剥がされるんだぞ・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2018/04

ミートパイとポー君
Estremoz

 ☆☆ミートパイとポー君☆☆

おやつタイムにビールとガラオンを頼む。
ガラオンはグラスに入った暖かいミルクコーヒーのことである。
ケースをのぞくと、お菓子がたくさん並んでいた。
餃子のような形のミートパイを頼んでみた。
甘いお菓子が多い中で、甘くないものはうれしい。
食べ過ぎはデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2018/03

サンタ・イザベル王妃像とポー君
Estremoz

 ☆サンタ・イザベル王妃像とポー君☆

リスボンのセッテ・リオスバスターミナルからバスで2時間半ほど、
エヴォラからバスで30〜40分ほどでエストレモスに到着する。

エヴォラから北東へ約45km、コルク樫とオリーブの木が茂る広野をぬけると、
穏やかな丘陵に広がるエストレモスの町が見えてくる。
中世の城と城壁が残る「上の町」と人々の生活のの匂いあふれる「下の町」からなっており、 「上の町」は13世紀以来ほとんどかわっていないという。

ボルバやヴィラ・ヴィソーザの町と共に、大理石によって世界的に知られている。
大理石には白、クリーム、ピンク、灰色や黒の筋が入ったものがあるが、とりわけピンクは需要が高い。
古代より彫刻材や建材として使われ、スペインのメリダにある世界遺産の競技場にもエストレモス産の大理石が使われていたとされる。
航海士によってアフリカ、インド、ブラジルにも輸出された。
ジェロニモス修道院、バターリャ修道院、アルコバッサ修道院、ベレンの塔にも使われた。

サンタ・イザベル王妃像は、上の町にあるボサーダの前に建っている。
王妃像は、バラの花束を抱えている姿である。
バラの奇跡という伝説が残っている。
王妃は城からパンや金貨を持ち出しては貧しい人々に与えていた。
ある日、王にそれを見とがめられた王妃が包みを開けると、
金貨がバラの花に変わっていたという伝説である。

ポー君は小さいので、足元にも届かないよ。
ポー君の奇跡の伝説はなにかな。
王妃が包みを開けると、金貨がポー君に変わっていた。
「バラじゃないの?じゃあ、いらない。」と捨てられた。
ポー君はゴミになってしまうのであった・・・じゃんじゃん・・・
え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2018/03

ヤキソバとポー君
Porto

 ☆☆ヤキソバとポー君☆☆

ポルトのサンタ・カタリーナ通りは遊歩道にもなり、にぎわっている。
その通りにヴィア・カタリーナショッピングセンターがある。
専門店がたくさん入っている。
最上階には、フードコートがあり、手軽に食事ができる。
そこで、焼きそばを作っている店をみつけたよ。
注文を受けると目の前で作ってくれるよ。
フライパンを回す慣れた手つきはさすがだね。
まあまあの味だったよ。庶民の味はいいなあ。
食べ過ぎはデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2018/02

ポルトのアルマス礼拝堂とポー君
Porto

 ☆ポルトのアルマス礼拝堂とポー君☆

リスボンのサンタ・アポローニア駅、オリエンテ駅から
特急列車で3時間ほどでポルトに着く。
セッテ・リオスバスターミナルからバスで
約3時間30分でポルトに着く。
飛行機では、55分である。
コインブラからはバスで約1時間である。

ポルトは、首都リスボンから北へ約300km、
ドウロ川北岸の丘陵地に築かれた起伏の多い町である。
人口約23万人、この国の商業の中心として栄えてきた。
1415年にエンリケ航海王子の指揮のもと、
ポルトを出港した船が北アフリカのセウタを攻略した。
ヨーロッパの他国にさきがけ、大航海時代の先陣をきることとなった。
ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイラには、ワインセラーが並び、
かつてワインを運んだ帆船がドウロ川に浮かんでいる。

アルマス礼拝堂は、ショッピング通りでもあるサンタ・カタリーナ通りにある。
外壁を全てアズレージョで覆った礼拝堂である。
青いアズレージョ(装飾タイル)が見事である。

アルマス聖堂は他の教会と比較すると割と新しく、18世紀に建設が始められた。
内部はネオクラシック様式である。
19世紀から20世紀に修繕・改築工事が行われて、今ある姿が築かれた。

外壁に使用されているアズレージョはなんと15947枚、360mに及んでいる。
画家であり陶芸家でもあるエドアルド・レイテが1929年に装飾したもので、聖フランチェスコと聖カタリーナの一生涯が描かれている。
礼拝堂内部では熱心に祈りしている地元の人も多い。

教会の青いアズレージョは、きれいだねえ。
アズレージョに描かれる生涯って、かっこいいねえ。
ポー君改め、聖ポークンの生涯も描いてほしいなあ。
天使のように羽根があって、空を飛んでいる姿がいいなあ。
むむむ・・・ウソは描けないってか・・・
え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2018/02

バルセロスのガロとポー君
Barcelos

 ☆☆バルセロスのガロとポー君☆☆

バルセロスは、雄鶏伝説が有名なんだって。
ガロは、ニワトリのことなんだよ。
ポルトガルのお土産でガロの物は多いよ。
でも、陶器の手作りの物は、バロセロス付近にしかないんだよ。
露天市場で買うと安いのでいっぱい買ってきたよ。
2018年は酉年だしね・・・???
え〜〜〜 酉年は2017年で、もう終わったてか・・・
まあ、11年まてばいいさ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2018/01

バルセロスの考古学博物館とポー君
Barcelos

 ☆バルセロスの考古学博物館とポー君☆

ポルトのサン・ベント駅からブラガ行き近郊列車で1時間程、
途中ニーネで乗り換えバルセロスに到着する。
スペインのビーゴ行きの列車もあるが本数が少ない。
ポルトとヴィアナ・ド・カステロの間に位置している。

この町を有名にしたのは、ポルトガルのマスコットである雄鶏に
まつわる伝説である。
真実をつげるために調理されたチキンが生き返るという話である。
(詳しい話は、バロセロス2を見てくださいね)

毎週木曜日には、レプブリカ広場で大規模な露天市場が開催される。
広大な広場に露店がぎっしりと並び、普段は静かな町が一変する。
野菜や果物などの食料品から、洋服、日用雑貨、陶器、
大きなものは家具まである。
まるで、移動デパートのようである。

市庁舎の南のカヴァド川を見下ろす高台には、廃墟のようになった
15世紀建造の初代ブラガンサ侯爵邸が残っている。
現在は、考古学博物館 Museu Arqueologico になっており、
雄鶏伝説にまつわる石の十字架が置かれている。

考古学博物館といっても、野外だから、吹きさらしだね。
無料なのは、お得だけどね。
バルセロスの伝説のニワトリみたいにポー君もなれるかな。
真実を告げるために鳴くんだよ。
「コケポッポー!」と鳴いて一件落着さ。
でもね、その前にポー君は、焼かれて食べられそうになるんだぞ。
え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2018/01

トマトサラダとポー君
Lisboa

 ☆☆トマトサラダとポー君☆☆

リスボンのレストランで、食べたトマトサラダだよ。
ミックスサラダを頼んだのに、トマトサラダがきたんだ。
なんでもいいやと思い、食べてたんだ。
あとから、他の野菜も持ってきてくれたんだ。
間違えたことに気が付いたんだね。
トマトが多くて、なんか、得した気分だよ。
食べ過ぎるとデブになるぞ・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/12

ブラガのペリカン噴水とポー君
Braga

 ☆ブラガのペリカン噴水とポー君☆

ポルトのサン・ベント駅から近郊列車で1時間程、
または、バスで1時間程でブラガに到着する。
かつては、ミーニョ地方の首都であったブラガである。

12世紀には、初代ポルトガル国王・アフォンソ・エンリケスの父親であるエンリケ伯爵の手によって、ブラガは、ポルトガル伯国の中心として繁栄すると同時に、ブラガ大聖堂の建設が始まった。
中世のブラガは、大聖堂の周りを中心に発展し、古代ローマの断片を全て覆い尽くした。
とはいえ、ブラガは、16世紀になると商業の中心地から、取り残されてしまった。
大航海時代には、ポルトガルの商業の中心は、首都リスボンやアレンテージョ地方の首都であるエヴォラ、中部地方のコインブラに移ってしまった。

このような状況を変えたのが、16世紀のブラガの大司教を務めたディオゴ・デ・ソウザである。
ソウザは、道路を拡張し、広場を作り、病院や協会を新たに建設した。
また、老朽化したブラガ大聖堂の改造にも着手し、当時の流行であったマヌエル様式の礼拝堂を増築した。
ソウザのブラガの改造によって、ブラガは、中世の都市からルネサンス時代を代表する都市へと変貌を遂げた。
ソウザの改造は、現在のブラガでも見ることができる。

市庁舎前の広場にある「ペリカン噴水」は、キューピットとペリカンをかたどった、バロック様式のかわいい噴水である。
ユニークな噴水として有名である。
ペリカンの形の噴水なんだって。
ポー君もワンコのポー君の形の噴水になれるかなあ。
神社の狛犬みたいになるのかなあ。
それとも、信楽焼のポンポコタヌキみたいかなあ。
え〜〜 もっとかわいいのはないのかなあ・・・
無理だってか・・・ そんな〜〜〜(;一_一)

2017/12

本市場でもらった焼き菓子とポー君

 ☆☆本市場でもらった焼き菓子とポー君☆☆

リスボンのエドゥアルド7世公園で露天の本市場が開催されていた。
5月下旬から6月上旬の約3週間にわたり、開かれている。
公園の通路には、仮設店舗の本屋が並んでいる。
夜がコンサートも開かれ、本を見るだけでも、楽しい空間である。
本市場のカフェで、女性2人に折鶴をあげたよ。
そしたら、お礼に売っているお菓子をくれたんだ。
日本が好きだと言ってくれた彼女である。
ラッキー!! マドレーヌに似ているお菓子である。
食べ過ぎるとデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/11

リスボンのフォーラ教会とポー君

 ☆リスボンのフォーラ教会とポー君☆

首都リスボンのバイシャ地区の東に広がるのが、
リスボンで最も古い街並みを残すアルファマ地区である。
迷路のような路地や白壁の家々はかつてのイスラムの影響を色濃く残している。
「リスボンの下町」とも呼ばれる地区である。

サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会(Igreja ou Mosteiro de Sao Vicente de Fora)は、ふたつのルネッサンス様式の鐘楼をもつ教会である。
デ・フォーラとは、「外の」という意味である。
1127年にアフォンソ・エンリケスがイスラム教徒からリスボン奪回を記念して建てた当時は、城壁の外に位置していた。
ポルトガル国内で最も重要なマニエリスムの建築物の一つであり、ブラガンサ家のポルトガル王たちの菩提寺である

現在の建物は、1580年の王位継承危機のあとポルトガル王となったスペイン王フェリペ2世の命令で再建されたものである。
修道院付属の教会は、1582年から1629年にかけて建てられたものである。
教会正面に向かって右が修道院への入口である。
内部にはブラガンサ王朝の霊廊がある。
回廊のアズレージョ(装飾タイル)が美しい。
聖器室は、大理石をふんだんに用いたすばらしい壁に囲まれている。

回廊のアズレージョもすごいけど、内部の通路にあるアズレージョもすごい。
ちょうど、アズレージョの展示会もやっていって、キリがないほどの量である。
ポルトガルの歴史や物語をタイル画にしたものが多い。
ポー君もアズレージョに描かれるようになるのかな。
馬の足元にいて踏まれそうなのがポー君だよ。
小さくて、ネズミのようだから、見えないってか・・・
そんな〜〜〜(;一_一)

2017/11

オープンカフェとポー君

 ☆☆オープンカフェとポー君☆☆

コインブラの5月8日広場は、サンタ・クルス修道院の前である。
サンタ・クルス修道院はファザードが美しい。
その広場に面したカフェで休憩である。
外のテーブルに座ってみたよ。
雨があがったばかりの広場は人通りが少ない。
ビールとガラオン(温かいミルクコーヒー)を頼んだよ。
ガラオンはたくさん飲めるから好きなんだよ。
飲んでばっかりだと太るぞ・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/10

コインブラの旧カテドラルとポー君

 ☆コインブラの旧カテドラルとポー君☆

リスボンのサンタ・アポローニア駅、オリエンテ駅から
特急列車で2時間ほどでコインブラに着く。
セッテ・リオス・バスターミナルからは2時間30分で着く。
ポルトからは1時間30分ほどで着く。

政治のリスボン、商業のポルトに次ぐポルトガル第3都市の
コインブラは、文化の中心である。
丘の上の大学を中心に広がる人口10万人ほどの街である。
ポルトガルの歴史の中で果たした役割は大きい。
多くの政治家や文化人たちを世に送ったコインブラ大学は、
1290年にディニス王によって創建された。

コインブラには、旧カテドラルと新カテドラルのふたつがある。
旧カテドラルは、アフォンソ・エンリケスによって1162年に建立された。
ロマネスク様式の教会である。
レコンキスタの時代は、要塞を兼ねていた。
回廊はゴシック様式としてはポルトガルで最も古い13世紀の建造である。
1530年頃に造られたカテドラル北面の入口はポルトガルで
ルネッサンスの影響が見られる初期のものである。

その旧カテドラルの裏側にいるポー君である。
なんで裏側なんだよ。
裏側の坂道を登ると、大学まで行けるんだよ。
たまには、裏側もカッコいいだろ〜
ポー君は、どこから見てもカッコいいけどね。
え〜〜〜 だれがそんなこといったのかなあ・・・
そんな〜〜〜(;一_一)

2017/10

ピザ店のサラダとポー君

 ☆☆ピザ店のサラダとポー君☆☆

ポルトのリベルターデ広場の隅っこにあったピザ店に入ったよ。
隣のレストランは高かったのでここにしたんだ。
そこで、ピザとサラダを頼んだんだ。
もちろん、ふたりで1つずつだよ。
他の客は、テレビの前でサッカーの試合観戦で夢中だよ。
その間にポー君はムシャムシャ食べていたってか・・・
これじゃあ〜デブになるよな・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/09

ギマランイスの教会とポー君

 ☆ギマランイスの教会とポー君☆

リスボンのサンタ・アポローニア駅、オリエンテ駅から
特急列車で3時間ほどでポルトに着く。
そのポルトから近郊列車で1時間20分でギマランイスに着く。
ブラガからバスで25分で着く。

ギマランイスは、初代ポルトガル国王アフォンソ・エンリケス生誕の地である。
町の入口には、「ここにポルトガル誕生す Aqui Nasceu Portogal」と書かれている。
アフォンソ1世が生まれた城などゆかりの史跡も多い町である。
旧市街の家並みは時代に取り残され、歴史の重みを感じさせる。

都市の中心部である旧市街は南北に約850メートル・東西に約250メートルの狭い区域であり、 ポルトガル王国の建国後に建てられた歴史的建築物が並ぶ。
『エスプレッソ』紙による調査で、ギマランイスはポルトガルで2番目に住みよい環境の町であると評価された。
2001年、歴史的文化財を残すギマランイス旧市街は「ギマランイスの歴史地区」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
また、2012年にはこの年の欧州文化首都になっている。

ギマランイスは、初代ポルトガル王の生まれた場所なんだね。
ポルトガルのポー君もギマランイスで、生まれたのかなあ。
ポー君もポルトガルの王様なんだからね。
え〜〜〜 だれがそんなこと言ったのかな?
ポーとしているから、ポー君なんでしょう・・・
そんな〜〜〜(;一_一)

2017/09

ファンタオレンジとポー君

 ☆☆ファンタオレンジとポー君☆☆

ファンタオレンジをポルトガルで見ること少ないよ。
コーラもコカコーラは少ないしね。
よくわからないメーカーのものが多いんだ。
そっちは、安いけど味はどうかな・・・
とりあえず、ノドが潤えばいいんだけどね。
ジュースばっかり飲むとデブデブになるぞ・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/08

ポルトのドウロ川とポー君

 ☆ポルトのドウロ川とポー君☆

リスボンのサンタ・アポローニア駅、オリエンテ駅から
特急列車で3時間ほどでポルトに着く。
セッテ・リオスバスターミナルからバスで
約3時間30分でポルトに着く。
飛行機では、55分である。
コインブラからはバスで約1時間である。

ポルトは、首都リスボンから北へ約300km、
ドウロ川北岸の丘陵地に築かれた起伏の多い町である。
人口約23万人、この国の商業の中心として栄えてきた。
1415年にエンリケ航海王子の指揮のもと、
ポルトを出港した船が北アフリカのセウタを攻略した。
ヨーロッパの他国にさきがけ、大航海時代の先陣をきることとなった。
ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイラには、ワインセラーが並び、
かつてワインを運んだ帆船がドウロ川に浮かんでいる。

ドン・ルイス1世橋はドウロ川に架かる2階建ての橋である。
フランスのエッフェル塔の設計技師が設計した橋である。
橋の1階は車両専用、2階はメトロ専用である。
人は両方歩くことができる。
その2階からポルトの街並みはよく見える。
西側がレストラン街のカイス・ダ・リベイラである。
東側がワインセラーの並ぶヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアである。

ドン・ルイス1世橋の上にポー君はいるよ。
ポルトの街並みがきれいだねえ。
もっと高い所から見ると、もっときれいなのかな。
ポー君はピュ〜ンと飛んで見てみるよ。
あれ? ポー君って飛べるんだっけ??
あっという間に落ちて、ドウロ川に流されて海のゴミになるなあ。
そんな〜〜〜(;一_一)

2017/08

バラのアイスとポー君

 ☆☆バラの花びらアイスとポー君☆☆

リスボンのロシオ広場からコルメシオ広場まで行く
歩行者天国が、アウグスタ通りである。
カフェやレストランが並び、にぎわっている。
そこで、花ビラのアイスを食べている人を発見した。
アイス店に入っていくと、数人が並んでいた。
3種類のアイスを選ぶと、それを花びらの形にしてくれる。
3.5ユーロは高いが、たまにはいいよね。
アイスばっかり食べているとデブデブになるぞ・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/07

マヌエルの窓とポー君

 ☆キリスト修道院のマヌエルの窓とポー君☆

リスボンのサンタ・アポローニア駅、オリエンテ駅から
列車で2時間ほどでトマールに着く。
セッテ・リオスバスターミナルからバスで
約1時間45分でトマールに着く。
コインブラからも行けるが本数が少ない。

ポルトガル中西部の都市で、ナバオン川沿いに位置する。
ポルトガル王アフォンソ1世が、イスラム教徒との戦いに貢献した
テンプル騎士団に土地を与えたことに起源する。
12世紀に建造されたキリスト修道院は、
1983年に世界遺産(文化遺産)に登録された。
4年に1度、7月に催されるタブレイロスの祭りが有名である。

1160年に、戦略上の拠点として、トマールに城塞が建設された。
ナバオン川に近い丘の上に建設された城塞は、
城壁と地下室を兼ね備えていた。
キリスト教修道院の地下室は、城塞における住居と司令塔の役割を果たし、
テンプル騎士団によって紹介されたポルトガル最古のものである。
トマールの町が建設された時点で、ほとんどの住民は、
この要塞の中に居住していたとされる。

キリスト修道院のマヌエルの窓は有名である。
マヌエル様式の最高傑作といわれている。
キリスト騎士団聖堂の西壁にあり、
サンタ・バルバラの回廊から見ることができる。
上部にはキリスト騎士団のマルタ十字と国の紋章、
さらにロープ、鎖、サンゴといった
大航海時代を象徴するモチーフが刻まれ、
世界に向かって躍進した当時のポルトガルを彷彿とさせる。

マヌエル様式の窓ってかっこいいねえ。
パイレーツ・オブ・カリビアンの海賊ジャックみたいだね。
「海賊王におれはなる」は、ワンピースのルフィーかな。
ポー君も海賊王になって、世界を制覇するんだ。
え〜〜〜 ポー君は弱っちいからすぐに負けるってか・・・
そんな〜〜〜(;一_一)

2017/07

サグレスビールとポー君

 ☆☆サグレスビールとポー君☆☆

ポルトガルシェアNo.1で、最大規模のビール企業が生産している
サグレスは、世界的に有名な帆船サグレス号から命名されたよ。
新鮮なホップの香りと苦味が口の中に広がり、
レモンを思わせる柑橘系の僅かな酸味が感じられる。
ドイツやチェコのピルスナーに負けないクリーンでドライな
ラガービールである。
といっても、ポー君は、ビール飲まないから味はわからないけどね。
いつも炭酸飲料のセブンナップなのさ。
炭酸は、糖分が多いので、太るってか・・・
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/06

ナザレの海岸とポー君

 ☆ナザレの海岸とポー君☆

リスボンのセッテ・リオス・バスターミナルから約1時間50分、
カルダス・ダ・ライーニャ経由でナザレに到着する。
列車でも行けるが本数も少なく乗り換えがあり、駅からも遠い。

ナザレの名は、8世紀に西ゴート王ロドリゴがロマノという僧を供に
この地までやってきたとき、彼が携えていたマリア像が
はるかイスラエルのナザレのものだったことに由来する。
独特な風習と服装で知られ、また夏にはポルトガル国内はもとより
ヨーロッパ中から訪れるバカンス客で砂浜は埋め尽くされる。

ナザレの町は、長い砂浜に沿って広がるブライヤ地区、崖上のシティオ地区、
東側の丘にある最も古いペデルネイラ地区の3つからなっている。

ナザレの民族衣装は、男性は、チェックのシャツにフィッシャーマン
セーターと黒い縁なしの帽子。
既婚の女性は7枚重ねの膝丈のスカートにエプロン、
頭に巻いたスカーフとスリッパ。
未亡人は、黒づくめの服、黒いマント。
今は、男性は、ほとんど見られず、女性は、お年寄りばかりである。

崖上のシティオ地区のすぐ下のブライヤ地区に建つ
白いとんがり帽子の建物は、レストランなんだよ。
ナザレに行くツアーの人たちはここで食べるんだよ。
ポー君は、なんか、高そうなので入ったことないよ。
なんせ、ケチケチだからね。
その割には、いつも太って帰るというウワサがあるよ。
もったいないので、栄養分はすべて吸収してしまうからさ。
そして、デブデブポー君のできあがり〜〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2017/06

オムレツとポー君

 ☆☆オムレツとポー君☆☆

ケルース宮殿の前のレストランで食べたオムレツである。
ポルトガルでは生卵は食べない。 ヨーロッパ全体でもほとんど食べない。
卵は保存食品であり、鮮度は重要視されていない。
スーパーで売っている卵は、新しくないのである。
加熱して食べることが前提なので、多少の菌などは大丈夫なのである。
もちろん、生みたての卵は生で食べても大丈夫である。
ポー君は、何を食べても大丈夫なんだよ。
だから、デブデブなんだね・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/05

ケルース宮殿の像とポー君

 ☆ケルース宮殿の像とポー君☆

リスボンのロシオ駅からシントラ方面行きの列車で15分で到着する。
リスボンから近く、列車の本数も多いので、行きやすい町である。
ケルース宮殿の入場料は、1人9ユーロである。
3時半以降は2ユーロ安くなる。

リスボンから西へ13m、王家の別荘だったケルース宮殿が
あることで知られる町である。
ポルトガルのヴェルサイユと呼ばれるだけあり、
規模的には小さいが優美な宮殿である。
ドナ・マリア1世とその夫ドン・ペドロ3世の夏の離宮として、
18世紀に建造された。
現在は賓客のレセプションなどに使用されている。

宮殿内の見学はガイドツアーで行われる。
宮殿内で1番きらびやかな「王座の間」、
セルバンテスの小説をモチーフにした「ドン・キホーテの間」、
ハチの巣のような天井がユニークなティルーム、
発見の時代を描いたアズレージョがある「ソデの間」などを見ることができる。

庭園は、1762年のフランス人の建築家によってデザインされたもので、
刈り込みが美しく幾何学的なフランス式庭園と、
人工の滝や泉があるイタリア式庭園からなっている。
このふたつの庭園をつなぐのがライオンの階段で
18世紀のアズレージョが見事である。

庭園には、たくさんの彫刻の像が建っている。
その中に体がライオンで顔が女性の像があったよ。
きっと、なにかの神話物語があるのだろうね。
ポー君は、体がブタで、顔がクマなんだよ。
え〜〜〜ワンコなのになんでだよ〜〜〜〜
そうだっけかな・・・ そんな〜〜〜(;一_一)

2017/05

モンサントピザとポー君

 ☆☆モンサントピザとポー君☆☆

モンサントで3時ごろ、遅いランチを食べようと思った。
お勧めのレストランが閉まっていたので、ピザレストランにした。
ピザの具によって名前が付けられていた。
モンサントなので、モンサントという名前のピザにしてみた。
キノコとサラミの乗ったピザであった。
大きくて厚いので、とても食べきれなかった。
ポー君なら食べれたかなあ。
こんなに食べたらデブデブだぞ〜〜〜〜
そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ

2017/04

モンサントの岩の間の家とポー君

 ☆モンサントの岩の間の家とポー君☆

リスボンから、バスで3時間でカステロブランコに到着する。
そこから、バスで1時間半ほどでモンサントに到着する。
ただし、モンサント行きバスは、1日に1本か2本しかない。
タクシーを使うと60ユーロくらいである。

モンサントは、ポルトガルの東部、スペインとの国境付近の
エストレラ山脈の東にある小さな村である。
モンサントはポルトガルで最もポルトガルらしい村といわれている。
標高約758mに位置するモンサントの村。
モンサントには村のいたるところにごつごつした大きな岩がある。
なかには、200トンの重さをもつ岩もあるそうだ。
この特異な地形から昔は聖なる場所として崇められていた。
ここに住む人々はこの大きな石を利用して家を建てている。

この石は、地中のマグマが雨で冷やされ固まったものが、
後に地上に表れたものだ。
山の上にある集落は、中世の城砦の高い塔が目印となって
遠方からでも一目で分かる事から、敵から身を守る戦略地として
大きな役目を果たしたようだ。

岩と岩の間に家を造っているんだよ。
家の壁が岩なんだって。すごいなあ。
ポー君も作ってみようかな。 石と石の間にポー君の家を作るんだよ。
ポー君、デブッチョだから入れないよ〜〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)

2017/04

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